私は両親に精神的につらいことも、病気の可能性があるのではないかということも、ずっと隠していました。
そんな子に育ってしまったのかと落胆させたくなかったし、何より悲しませたくなかったのです。
そんな私がとうとう両親に病気を打ち明ける選択をしたのは18歳の頃。
当時親に隠れて心療内科に通院していたのですが、そこで処方された薬が強すぎて、居眠り運転で事故を起こしてしまったのです。(幸い単独事故で怪我もありませんでしたが)
それまでにもADHDの特性のせいか、いろんな情報が飛び交い注意力散漫になる車の運転が苦手で、しょっちゅ事故を起こしてそのたびに両親に怒られていました。
もう怒られるのは嫌だと思い、隠れて通院していること、今までうつ状態でつらかったこと、自傷行為や過食嘔吐のことを洗いざらい打ち明けました。
両親の反応はあまり詳しくは覚えていませんが、父親は冷静に「そうか」と受け止めてくれて、母親はショックで取り乱している様子でした。
今まで頑なに家を出ることを禁止されていましたが、一人暮らしの許可も出ました。
18歳の秋から夢の一人暮らしが始まり、やっと親元から離れられると嬉しかったのですが、そんな気持ちとは裏腹にどんどん病状は悪化していきました。
一人だから食生活も不安定になり、とめどなく過食嘔吐をしてしまうこと。
寝ても寝ても熟睡感がなく過眠傾向で、仕事中に寝てしまうこと。そんな自分を責めてしまうこと。
そして何より希死念慮が強いこと。
親の勧めで私が通っていた小さな心療内科から地元で有名な精神科へうつることになりました。なかなか予約が取れず、初診は3か月待ちの12月に。
そこで初めてついた病名は「適応障害」。
適応障害とは、生活の中で生じる日常的なストレスにうまく対処することができない結果、抑うつや不安感などの精神症状や行動面に変化が現れて社会生活に支障をきたす病気のことをいいます。
私の場合過保護に守られて育てられ、社会に出たとたん色んなストレスが襲ってきて対処しきれなかったのだと思います。
そこで主治医の先生に入院を勧められました。
希死念慮が強いこと、一人暮らしはさらに精神的に不安定になるが頼れる実家もないことが理由でした。
悩んだ結果、休職して入院することにしました。
入院中のことはあまりよく覚えていませんが(というかこの頃数年の記憶が薬のせいかあまりないのです)途中で拒食になって何か少しでも食べると気持ち悪くなったり、夜がとてつもなくつらくて看護師さんに優しくしてもらった記憶があります。
だけど一人暮らしの家や両親のいる実家にいるよりははるかに落ち着いた生活でした。
病状も少し安定したし3月で退院することになりました。職場も3月いっぱいで退職することにしました。
しかし本当の病気との闘いはこれからでした。
本当に記憶がないのですが、とにかく希死念慮が強かったことはよく覚えています。
暇さえあれば楽に死ねる方法はないか検索したり、実際に行動にうつしたり、自傷行為もオーバードーズもひどかったです。
人生に価値なんて見出せなかったし、こんなにつらいのにどうして生きなきゃいけないのかわからなかったのです。
仕事も最初のほうはいいのですがやっぱり精神的につらくなり続かず、転々としていました。
友達と会うのも億劫になり、引きこもることが多かったです。
そんな中で見てしまうSNSは地獄のようでした。
20代前後のあの頃、みんな社会人としてちゃんと働いていたり、大学生でキラキラしていたり、友達と楽しそうに遊んでいたり。
ろくに働くこともできない自分と比較して惨めで情けない気分に陥りました。
30歳の現在は死にたいと思うこともほとんどなくなりましたが、それは病状が落ち着いてきたここ1年くらいの話で、希死念慮を乗り越えるために何をしたかなんて伝えられるほどあまり良い方法もありません。
精神科の先生にも「死にたい気持ちはもしかしたら一生なくならないかもしれないよ」とすら言われました。当時はショックを受けましたが、あまり希死念慮があるということに執着しないで、という先生のメッセージだったのだと思います。
そもそも私の希死念慮の根底にあったのは、「自分はこうでなくちゃいけない」という親から教えられてきた固定概念と理想の高さでした。
仕事はちゃんとした職業に就きなさい、友達とは仲良くしなさい、ご飯は野菜を中心に健康にいいものを自炊しなさい、体型は細身でありなさい、など。
でも本当は、自分に向いている精神的につらくない職業を選んだっていいんです。
友達と会うのが億劫だったら誘いを断って家にこもっていてもいいんです。
ご飯も作るのがしんどかったら買ってきたお惣菜でもいいんです。
体型どうのこうのよりも、自分が自分を好きでいられることのほうがはるかに大事なんです。
とにかく自分を「許す」ということ。
今思い返せばがんじがらめの偏った考え方で、許すことなんて全然できていなかったなと感じます。考え方の修正ができてきたのも、臨床心理士の先生と長年にわたってカウンセリングをしてきたおかげです。
今うつでつらくて希死念慮に振り回されているあなたもきっと乗り越えられる日が来ます。
ゲームをしたりアニメやドラマを見たり自分の気が紛れることをして、とにかく希死念慮の波が過ぎ去るのを待ってみてください。
溺れたときにもがけばもがくほどもっと溺れていくように、つらくてしょうがない時はあまり深く考えず、流れに身を任せてみましょう。
良いこともそう長くは続かないように、悪いこともそう長くは続かないのですから。
私のこの言葉が、今つらくてしょうがないあなたの心を少しでも救うことができたならとても嬉しいです。
コメント